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3月7日①

  • 2025年8月31日
  • 読了時間: 5分

更新日:3月15日

ぼんやりと、意識が覚醒してくる。

 背中に硬くて冷たい感触が伝わる。どうやら、無骨な床か台のようなものの上で眠っていたらしい。そのせいか、なんとなく体がだるいような気がする。


 ――眠っていた? 何処にそんな寝床が?


 確か、実家は追い出されたはず。ネットカフェに入れるほどの持ち合わせも無くて、途方に暮れたのではなかったか。

 状況を把握したくて、閉じていた目をおそるおそる開く。


「――蘇生は久々だったが、成功したか」


 視界に映る人物が、独り言みたいにそう呟いた。RPGの魔法職にありがちな帽子と、深緑色のローブみたいな服を身にまとった、性別も分からない長髪の老人。

 こんな知り合いはいないはずだ。まさか、噂の「ニート更生施設」みたいな場所に連れて来られたのだろうか──そんな考えがちらついて、額に冷や汗が浮かんだ次の瞬間。

 ひょっこりと視界に飛び込んできたのは、ガイコツのようなリンゴのような、羽根の生えた謎の生物だ。


「ぉわ゛ぁーーーーーーっ!!」


 つい先ほどまで感じていた気怠さはどこへやら、ガバッと身を起こして後退る。口をついて出た渾身の叫び声は、自分でも聞いたことがないような、まるで別人みたいな声だ。

 けれど、そんなことに思いを馳せる余裕は無かった。私が横たわっていたのは小さな台だったようで、後退った拍子に背中から床へ落ちたからだ。

「何だ、騒々しい……」

「ア、スイマセ――いやいや! 何ですか、このリンゴみたいなの!?」

 迷惑そうに呟いた老人に対し、混乱のままに疑問をぶつければ、面倒なことになったとでも言いたげな顔をされてしまう。

「はぁ? 使い魔にするとか言って、お前が連れてきたんだろうが。……何だ、記憶が混濁しているのか?」

「混濁……っていうか……」

 話が一向に噛み合わない。おそらく、私が今の状況を何ひとつ呑み込めていないというのが、この老人に伝わっていないのだろう。少し落ち着きを取り戻した私は、今更ながら、初対面の相手を前に猫をかぶることにした。

「……すみません。自分の置かれている状況が、まったく理解できていなくて……。失礼ながら、あなたはどちら様ですか? こちらはどういった施設なのでしょうか?」

「………………」

 そう問いかけると、目の前の老人は感情の読めない表情で黙り込み、顎に手を当てて何か考え始めた。その様子を黙って見守っていると、やがて老人は表情も変えず、また独り言のように呟く。


「……なるほど。手順の似た別の魔術と間違えたな」


 老人はそう言って、右手でついていた杖を左手で掴んだかと思うと、その先端にある宝玉をこちらに向けた。

 その言動を見て、失礼な類の笑いが込み上げてくる。

「え。……魔術ぅ?」

 半笑いで呟いた、次の瞬間。

 杖の先端が光を放ったかと思うと、ちょうど私の頭がある位置に、何か火花のようなものが飛んできて、小規模な爆発を起こした。


「っわ゛ぁーーーーーーーッ!?」


 反射的にその場を飛び退いて回避できたのは、奇跡としか言いようがない。海老反りに近い体勢で叫ぶ有様は、さながら過激なギャグマンガのワンシーンだ。第三者であればゲラゲラ笑えたかもしれないが、当事者としては、笑えないどころの騒ぎではない。

「え!? ちょっと! 今、危害加えようとしました!?」

 抗議するように声を荒げるも、老人は悪びれもせず、平然と杖を向けてくる。

「危害ではなく殺害だ。蘇生に失敗したなら、再試行するのが早いだろう」

「はぁ!? もう1回生き返らせるために殺すね、ってこと!? 倫理観をお持ちでない!?」

 危険人物に目を付けられてしまった――そう焦っているところへ、先程のリンゴ型の生物が飛び出してくる。生物は老人の目の前へ躍り出たかと思うと、小さな両翼をパタパタと広げながら、立ち塞がるように老人と対峙している。そこをどけ、とか色々言われているが、その場を離れるつもりはないようだ。

 ――どうやら、これ以上危害を加えるな、と味方してくれているらしい。


 敵に囲まれているような状況ではない。そうと分かった途端、なんだか突然冷静になってきた。

 今、自分の身に何が起きているのか。この短時間に起きたことを整理する。


 威力はちょっとした大砲みたいだったけれど、あれは確かに杖の先端から発射されていた。

 RPGの魔法職にありがちな帽子を身につけた老人は、実際に魔術を使うことができるらしい。それも、当たり前のことみたいに。

 更生施設とか、そんな話ではない。当然のように魔術が存在しているなんて、世界観が違う。


 ここでようやく、自分自身の格好に注意が向く。両手を見れば、かわいらしいフリルのあしらわれた袖口が揺れる。

 腕に、肩に、そしてスカートに、次々と視線を移す。淡いピンクを基調にしたロリータファッション――好みではあるが、着る勇気なんて到底なかったはずの衣装が、自分の着ている服として視界に映る。

 もう少し視線を滑らせれば、ピンクブラウンとショッキングピンクの混在した、三つ編みのおさげ髪に気づく。今まで髪を染めた経験もないのに、突然こんな色になるわけがない――信じられない気持ちのまま軽く引っ張ってみれば、ぐ、と頭皮が刺激される。


 再び、目の前で私の味方をしてくれている異形の生物を見る。使い魔にすると言って、“私”が連れてきたのだという生物。

 目を覚ました直後のことを思い返す。このガイコツのような形相に心底驚き、まるで別人みたいな叫び声が出た――と思った。


 違った。「みたい」じゃなくて、本当に別人になっていたんだ。


 ――これはもしや、憑依転生というやつではないだろうか。

 
 
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