3月21日④
- 6月15日
- 読了時間: 7分
更新日:8月15日
りんご(仮称)の転移魔術で町に連れ出された私は、元いた世界と大差無い街並みに、果たして本当に異世界なのかと疑念を抱いた。りんご(仮称)はなぜか帽子の中に身を隠しながら、私を目的地へ案内してくれた。特に困ることも無く郵送の手続きを終えた私は、帽子を胸の前に抱えたまま、りんご(仮称)の案内を体で感じ取りながら歩き続けている。
* * * * * *
町を歩きながら、ふと買い物リストに視線を落とした。
そこには、馴染み深い日用品の名前もあれば、見慣れない名詞も幾つか並んでいた。
(へぇ~……。なんか、元いた世界とちょっとだけズレてる、みたいな世界観なのかなぁ)
異世界デビューから2週間経ち、館での暮らしには慣れてきたものの、未だにどこか架空の出来事のような心持ちで捉えてしまう部分があった。
買い物リストから視線を前に戻した私は、傍らの建物にふと興味を惹かれて、足を止めた。
「——おっ」
思わず、小さく声が漏れた。
(これ……家電量販店では?)
馴染みのある店名ではあるけれど、ガラスドアの向こうに見える品々は、とても見覚えのある家電たちだ。
「りんご(仮称)、ごめん。ちょっと寄り道するわ」
胸元の帽子に隠れた相棒に声を掛けた私は、躊躇なく店内に足を踏み入れる。りんご(仮称)は「戻れ」と抗議するように、私の体に向けて力を掛けてきたけれど、好奇心の前では無意味な抵抗だった。
店内をあてもなく歩きながら、私はなんとなく周囲を眺めた。出入口の正面は健康器具コーナーらしく、体温計や歩数計なんかが並んでいた。
(魔術が使える世界でも、こういうので健康管理とかするんだ~……)
コーナーの位置的にも、需要が高いのだろうか。そんな想像を巡らせながら商品を見ていくと、見慣れない用語が目に留まった。
「……『魔力計測器』?」
思わず声に出して読み上げてしまった。手に取って裏面を見ても、用途や使い方は詳しく書かれていない。この世界では珍しい物ではないのだろう。
(うわ~、開封して説明書見ないと分かんないかぁ……!)
とても興味深い。けれど、無駄遣いがバレたら後が怖い。仕方なく「魔力計測器」をそっと棚に戻すと、私は入ったばかりの店を、そそくさと後にした。
このまま寄り道を続けたら、他にも興味深い物を見つけてしまいそうだったからだ。
* * * * * *
そこからは、元いた世界との間違い探しが始まった。
例えば、りんご(仮称)に案内された先がドラッグストアだったかと思えば、薬草のようなものが並んでいた。宝石店にも行かされたかと思えば、宝石に交じって魔法石が置かれていた。
(すげ~……! マジでちょっとずつ違うじゃん……!)
異世界らしからぬ風景に落胆していた私は、そんな小さな相違点を見つけては、そのたびに高揚感を覚えていた。
リストに記された物を買って回る過程で、町中の違和感にも注意が向くようになった。
大きな違いとして、自動車を見かけない。かと言って、箒に乗って飛ぶ、みたいな光景が見られるわけでもない。けれど、それは大した驚きに繋がらなかった。
(まあ、転移魔術があるくらいだしなぁ)
相変わらず胸元で抱えたままの帽子に視線を落としながら、私はもっと重大な違和感に思いを馳せた。
使い魔を連れて歩いている人が、誰もいないのだ。
りんご(仮称)がシャイなだけかと思って、最初は気に留めていなかった。けれど、一度その違和感に気づいてしまうと、意味合いが変わってくる。
(……なんか……こいつ、見つかったらヤバい……とか?)
町に出てからしばらくは、帽子の中に身を隠したりんご(仮称)に話し掛けていた。この世界では当然のことのはずだ、とさえ思っていた。
けれどこの時にはもう、そんな勇気は無くなっていた。
(え~……? 帰ったらこいつに訊いてみるか……? いやでも、今のところ唯一の味方だし、ヤバい存在だって確定しちゃうのも怖いよなぁ……)
胸の内に湧いた疑念。迷った末に、私はそのまま留めておくことにした。
間違い探しを楽しむような高揚感に胸を躍らせたのも束の間、次第に緊張感へと変わっていった修行(という名のおつかい)は、最終的にあまり記憶に残らなかった。
りんご(仮称)が最後に私を引っ張っていったのは、館から出てきた時と同様に、人の気配が無い道だった。どうやら転移魔術を使う瞬間さえも、りんご(仮称)は人に見られたくないらしい。
(ん~……? 仮にこいつが見られたらヤバいんだとしても、転移魔術は他の人達も使ってるんだろうし、姿が隠れてさえいれば良くないか……?)
なぜ、こうも人目を避けるのだろうか。再び疑念が頭をよぎったけれど、すぐに振り払った。
(いや、やっぱシャイなとこあるんだろうな!)
魔術の光に包まれながら、私は誰に向けるわけでもなく、うんうん、と一人で首を縦に振った。
* * * * * *
戻った場所は、「恋毒みな」ちゃんの部屋ではなく、何かの実験中らしい師匠の目の前だった。
「——あ」
「ん。戻ったか。さっさと物を置いて部屋に行け」
言いつけ通り町に出てきた私を、師匠(仮称)は労うどころか一瞥もくれず、冷淡に言い放った。
「ヒェッ……! わっかりました~、この辺に置いたらいいっすかねぇ……」
「どこでも良い。あれば分かる」
機嫌が悪そうというよりは、没頭している、という表現の方がしっくりくるだろうか。いずれにしても、それ以上声を掛けることすら躊躇われる雰囲気だった。とりあえず、買ってきた品々を傍らの小さな台に置いた。この世界に転生した時、私が横たわっていた無骨な台だ。
「余ったお金も、一緒に置いておきますね」
おずおずとそう声を掛けて部屋を出ようとした私の耳に、思いがけない言葉が届いた。
「いらん。お前が好きに使え」
「えっ!?」
憑依転生する直前、私は親の金で生活する身だった。そんな私でさえ、こんな恐ろしい人のお金を自由に使う勇気は出ない。
かと言って、それ以上やり取りを続けるのも怖かった。
「あ……そうっすか。ありがとうございます。では……」
それだけ言って、私は軽く会釈をしながら扉を開けようとした。
「あぁ、そうだ」
部屋に行け、と言っていたのになぜか呼び止められ、ビクッと肩が跳ねた。
「なっ、何ですか……?」
引きつった愛想笑いを顔に貼りつけて振り返った私に、師匠(仮称)は事も無げに言い放った。
「お前、来月から学校に行け」
「………………。はい?」
学校。学校とは、あの学校だろうか。
「魔術どころかこの世界のことも知らないのは、使う側としても不便だ。教えるのも面倒だから、学校に行け」
「………………。えっ」
話がまったく呑み込めず、その場でフリーズした私に、師匠(仮称)はようやく視線を向けた。
「……何を固まっている。もしかして、学校も知らないか?」
「いっ、いえっ! 学校は、元の世界と一緒だと思うんですけど……えっ? なんか、入学の手続きとか要らないんですか……?」
訊いてしまってから、慌てて両手で口元を押さえた。質問は煩わしがられるかもしれない、と思ったからだ。
けれど、師匠(仮称)は意外にも迷惑そうな顔をしなかった。代わりに不思議そうな顔をしていた。
「……その手続きを、今日お前にさせただろう」
「はい?」
「封筒。郵送したんだろう?」
そう言われて、私はハッとした。確かに学校宛てだったけれど、この人自身が教育関係の研究に携わっているんだろう、と解釈して気に留めなかった。
「……えっ。あれ、願書かなんかだったんすか……?」
「願書……? まあ、必要書類だ」
次の瞬間、口をついて大声が出た。
「え゛ーーーーーーっ!? 言ってくださいよ!!」
「うるさいぞ。用はそれだけだ。部屋に行け」
騒いだせいで師匠の部屋を追い出された私は、仕方なく「恋毒みな」ちゃんの部屋に戻った。
学校に対して良い思い出があまり無いから、非常に気が重い。
溜息をつきながらふとPCモニターを見ると、そこには「ゲームオーバー」の文字が表示されていた。
唐突に修行(という名のおつかい)を突きつけられて、ゲームの途中だったことをすっかり忘れていたのだ。
「あ゛ーーーーーーっ!! 最悪すぎ!!」
思わず叫んだ瞬間、視界の端でりんご(仮称)が飛び上がるのが見えた。