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3月21日③

  • 5月15日
  • 読了時間: 5分

部屋にこもってゲームに興じている私のもとに、突然師匠が現れた。異世界デビューを果たして早2週間、初めての出来事だった。いよいよ「修行」を命じられ、戦々恐々とする私に課されたのは、学校宛ての郵便物を送ることと、幾つかの買い物をこなすことだ。たまに命じられるという「修行」は、実質おつかいに過ぎないのかもしれない。


 * * * * * *


 りんご(仮称)の転移魔術で、薄暗い館から町に連れ出された私は、建物の隙間から細く差し込んできた日光に目を細める。

「うわっ……」

 明るさに少しずつ目が慣れてくると、眼前に広がるのはRPGみたいな石畳の道や石造りの家――などではなく。


「……えっ。普通に日本の裏路地、って感じだ……」


 館の中から町を望んだことが無かった私は、異世界の魔術都市に対して勝手な期待を抱いていた。もっとファンタジックな光景が見られると思っていたのだ。

 けれど、館の外に立ち並ぶ木々にも異世界らしさが全く窺えなかったのと同じで、街並みすら元いた世界と大差無い。


 この半月近く、自分が異世界転生したものと思い込んで生きてきたけれど、果たして本当にそうなのか疑わしくなってくる。


「……まあ、いいや。とりあえず、邪魔なやつから終わらせちゃお」

 邪魔なやつ、と言いながら、私は封筒を掴む左手に少し力を込めた。

 学校宛ての、謎の郵便物。師匠(仮称)の名前がようやく分かるかも、という淡い期待は、館を出る前の段階であっけなく打ち砕かれていた。封筒を見たとき、それらしい人名がどこにも見当たらなかったのだ。

「この世界にも郵便局とかあるんすね~。どこかな~……」

 そんな独り言を呟きながら、きょろきょろと辺りを見渡し――ふと、長らく部屋の中で独り言を垂れ流していた悪い癖が、出先でも出てしまっていることに気づいた。

(あっぶねぇ~……! 気をつけないと……!)

 幸いにも、場所のせいか時間帯のせいか他に人がいない道だったから、奇異の目で見られるようなことは無かった。


 改めて周囲を見る。町のどこに何があるか一切知らされていないから、どちらに歩きだしていいかすら分からない。

 師匠(仮称)に尋ねようとしたけれど、「私も知らん」と一蹴されてしまった。どうやら、長らく町に出ていないから現在の町の様子を把握していない、ということらしかった。

 修行と称して課されたこのおつかいを、最初こそ「私をこの世界に馴染ませるためのチュートリアル」と解釈していたけれど。

(元の『恋毒みな』ちゃんにも、修行っつっておつかいに行かせてただけっぽいんだよなぁ……。まあ、あの人がそんな親切なわけないかぁ……)

 思わず内心で毒づく。はぁ、とため息まで出る。


 次の瞬間。風もないのに、ふわり、と帽子が前方へ飛んだ。

「あっ、やべっ!」

 慌てて手を伸ばす。今は私の体になっているとはいえ、一応元々は人様のものだ。失くすわけにはいかない。

「あっぶねぇ~……」

 無事に帽子を掴んだ私は、再びかぶり直そうとして――中にりんご(仮称)がいるのを見つけた。

「あ。なんか視界にいないな~とは思ってたけど……」

 りんご(仮称)の転移魔術でここへ来たから、姿が見えないからと言って取り乱したりするほどではなかったけれど、小さく引っ掛かってはいたのだ。

「おまえ、こっちに来てからずっと、この中に隠れてた?」

 私の問いかけに、りんご(仮称)は帽子の中で小さく頷いた。

「はぁ~、そうなんだ」

 淡泊な返答を口にしながらも、なんでだろう、とは思った。けれど尋ねたところで、こいつはオープンクエスチョンに応える術を持たない。

 ではどうやって自分を納得させるかと言ったら、それらしい解釈をこじつける、くらいしか思いつかなかった。

「……まっ、人の目って避けたいもんな。いや~、隠れてやり過ごせるおまえが羨ましいっすわ~」

 そう言いながら、私は帽子をかぶり直さず、空いている右手で胸の前に抱えることにした。身を隠しながらも案内はしようとしてくれている、というりんご(仮称)の意図を察したからだ。

(両手が塞がるのは不便だけど、飛んでる帽子を誰かに持ってかれたりしたら、私も困るし『恋毒みなちゃん』にも悪いしなぁ)

 こうして、憑依転生を果たしてから初めて外に出た私は、りんご(仮称)の挙動に合わせて町の中を歩き始めた。


 * * * * * *


 りんご(仮称)に導かれて無事に郵便局へ辿り着き、郵送の手続きを済ませた私は、帽子を抱えたまま町を歩いていた。

(郵便局があること自体も馴染み深すぎだけど、制度とかもほとんど一緒っぽかったなぁ……)

 師匠(仮称)から受け取った小さな袋には、硬貨が詰まっていた。元いた世界とデザインは違ったけれど、幸い数字は書かれていたから、支払いに困ることも無かった。


「そういえば、途中でお金が足りなくなる可能性とかあるかな?」

 帽子の中にいる相棒に向けて、私は人目も憚らず問いかけた。胸元でりんご(仮称)が左右に体を揺すっている。

「へぇ~。町の変遷は知らなくても、物価とかはちゃんと把握してんのかなぁ」

 周囲を歩いていた数人が視線を向けてきたけれど、使い魔(と思しき存在)への問いかけだから許される、という持論から気に留めなかった。むしろ、あなた達も使い魔と話すことくらいあるでしょう、と言わんばかりに、一方通行の会話を堂々と続けていた。

「まっ、もし足りなくなったら、おまえが館に戻してくれるか!」

 そう結論づけた私は、りんご(仮称)の案内を体で感じ取りながら歩き続ける。

 暮らしには困らない程度の田舎、という雰囲気を孕んだ町の中を。

 
 
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