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3月21日②

  • 4月15日
  • 読了時間: 6分

 憑依転生してから約半月。ランダムなアンデッドが甲斐甲斐しく料理や家事をしてくれる、というこの家の日常に、私は少しずつだけど馴染みつつあった。けれどこの日は、朝食を運んでくれた骸骨さんが身を屈めた拍子に頭を落とす、というハプニングが起きた。朝からこんなにドタバタしたんだから、きっとこの後は穏やかな時間を過ごせるに違いない。


 * * * * * *


 朝食を終えた後は、完全に自由時間だ。

 最初の数日間は、倫理観ゼロの師匠(仮称)に何かされるのではないかと、戦々恐々としていた。けれど実際には、全く干渉してこない。あの人が部屋に来ることも無ければ、私もわざわざ挨拶や話をしに行ったりしないから、同じ家で過ごしているにもかかわらず会ってすらいない。

 最後に会ったのは、憑依転生した日の夜、夕食を運んできてくれたアンデッドに驚いて、あれは何なのかと尋ねに行った時だったと思う。今となっては、師匠(仮称)の研究室がどの扉の向こうだったかさえ覚えていない。

(……やってること、憑依転生前と変わんないよなぁ……)

 姿と住む世界が変わっただけで、他人の庇護に甘えて過ごす状況から脱していない。そのことに、多少の罪悪感はあったけれど、変わってやろうという意志までは湧いてこなかった。


 もし何もすることが無かったなら、家でじっとしていることを苦痛に感じて、外に出てみようという気になっていたのかもしれない。けれど、この部屋にはPCがあって、しかも元いた世界と全く同じようにインターネットが使える。

(これなら何時間でも溶かせるなぁ……)

 この子――体の持ち主ちゃん――のお金を勝手に使うのは忍びないので、さすがに有料コンテンツを新たに入手するようなことはしない。けれど幸いなことに、既にインストールされているゲームが幾つかあった。

 既存のセーブデータに手をつけなければ、きっと持ち主ちゃんもそんなに怒らないだろう――そう思って、元いた世界でも時折遊んでいたサンドボックスゲームに新しくセーブデータを作らせてもらうことにしたのが、つい数日前の話だ。

「おまえも良いって言ってくれたもんな~?」

 傍らで画面を覗き込むように浮遊しているりんご(仮称)に、視線だけを向けて声を掛けた。こいつは相変わらず喋らないけれど、そのガイコツみたいな顔を一瞬下に向け、頷くような仕草で答えてくれた。

「よ~し、言質とったぞ~」

 独り言のようにそう口にしながら、視線を画面の中へと戻す。この子の相棒だったであろうりんご(仮称)の反応を免罪符に、今日も自分用のセーブデータを開く。

 そのまましばらく遊んでいると、不意に部屋の扉が大きめの音を立てた。


 ――バンッ!


「ヒェッ!?」

 慌てて扉の方を見やると、なんと師匠(仮称)が立っていた。異世界デビューを果たして早2週間、初めての出来事だった。

「な……何すか! ノックくらいしてくださ――」

「魔術は使えるようになったか」

 思わず椅子から腰を浮かせてまで抗議する私を完全に無視して、とても都合の悪い質問が投げかけられた。

「――え゛」

 立ち上がりきっていない不自然な体勢のまま、全身が硬直する。

 この子の蘇生に失敗したと見るや、やり直すためにいったん私を殺そうとした危険人物が相手だ。正直に「いいえ」と答えたら、何をされるか読めない。かと言って「はい」と答えたところで、無理難題を押しつけられてすぐにボロが出るのは目に見えている。

 私は逃げるように視線を逸らしながら、なんとか言葉を絞り出す。

「……いやぁ……まだ、っすねぇ……」

「そうか。不便だな」

 師匠(仮称)はそれだけをバッサリと言い捨てると、扉も閉めずに去っていった。


「………………」

 拍子抜け、とはこういうことだろう。私は何も言えないまま、浮かせていた腰を椅子の上にストンと落とした。

「……えぇ……それ確認するためだけに来たの……?」

 独りごちながら画面に目を戻すと、そこには無情にも「ゲームオーバー」の文字が表示されていた。突然の来訪に、一時停止する余裕が無かったのだ。

「あ゛ーーーーーーっ!!」

 思わず叫んだ瞬間、視界の端でりんご(仮称)が飛び上がった。いや、元々浮いているから、少し上に動いたと言うべきかもしれない。

 開け放たれた扉の向こうから、「うるさいぞ」と咎める声が、微かに聞こえたような気がした。


 * * * * * *


 朝と同じ骸骨さんが昼食のお世話をしてくれた後も、私は同じゲームに没頭していた。一度始めると時間を忘れて没頭できる良作だ。りんご(仮称)は所在なく部屋を飛び回っているようで、時折視界の端に映り込んでは消えていく。

 そんな平穏な時間は、聞き覚えのある大きめの音と共に、突然破られた。


 ――バンッ!


「ヒェッ!?」

 慌てて扉の方を見やると、やはりというべきか、師匠(仮称)が立っていた。

「ちょ……っ、今日どうしたんすか!」

 今まで全く干渉されなかったというのに、今日だけで2回も部屋を訪ねてくるなんて。椅子から中途半端に腰を浮かし、今度はいったい何を言いにきたのかと身構える私に、師匠(仮称)はとうとう致命的な一言を放った。


「修行の時間だ」


「……へ? 修行……?」

 目を丸くして瞬きを繰り返す私に、師匠(仮称)は淡々と言葉を継ぐ。

「何を驚いている。たまに命じる、と言ったはずだ」

 そう言われて記憶を辿ると、確かにそんなようなことを言われた気がしてくる。

 あれは確か、憑依転生デビューしたあの日のこと。蘇生をやり直そうとして杖を向けるこの人を、なんとか言いくるめた時だ。


 ――この世界や魔術に対する知識が無い点は不便だが……たまに命じる修行にさえ応じるなら、いいだろう。


(うわっ! そうだ、言ってた! 確かに言ってたわ……!)

 思い出した。言われた直後は、どれくらいの頻度で何を命じられるのかと身構えた。けれど、あの日はそれよりも自分が何者なのかを知っておきたい気持ちが勝っていたし、その後も特に何も言われなかったから、今の今まで思い出す機会が無かったのだ。

(うわぁ……嫌すぎる……!)

 思わず眉根を寄せてしまいそうになったのを、慌てて取り繕う。何を言われるか読めない怖さはあるけれど、生存の条件として提示された「修行」を断る方がもっと怖い。

「……あぁ~! そういえばそんなお話でしたねぇ~!」

 努めて明るい調子で発したその声は、想定の2倍、いや3倍くらい高いトーンだった。視界の端で、りんご(仮称)の顔が弾かれたようにこちらへ向くのが見える。「その声どこから出したの!?」とでも言わんばかりだ。

(そんな驚くなよ~。この人怖いから、機嫌損ねたくないんだって~)

 りんご(仮称)に対してそう言ってやりたかったが、目の前で毒づくわけにもいかず、黙って師匠(仮称)の前へ進み出た。


「今日は郵送と買い物を頼む」

 そう言って無造作に手渡されたものを、「はぁ」と曖昧な返事をしながら受け取る。角形2号くらいの茶封筒と、買い物リストと思われる紙、そして重みのある小さな袋だ。

 真っ先に私の関心を惹いたのは、封筒だった。

(えっ……今、郵送って言ったか?)

 日頃りんご(仮称)が使っている転移魔術の存在を思うと、郵送という手段で書類をやり取りしている、というのは不自然に感じられた。私が思い至らないだけで、魔術による転送では何か不都合でも生じるのだろうか。

 封筒自体の仕様も、元いた世界と大差無いように見える――そう思いながら眺めていると、ふと宛て先に目が留まった。

(……これは……学校宛て?)

 思わず師匠(仮称)の顔を見る。目の前にいるこの「倫理観ゼロの研究ジャンキー」が、学校という施設にどう関係しているのだろうか。

(教育関係の研究に携わってる……とか?)

 答えを欲する頭が、解釈をこじつける。


 そう考えると、今命じられている修行も、師匠(仮称)なりの教育なのでは、という気さえしてくる。

 私に魔術が使えないから。私がこの世界に馴染んでいないから。だから修行と称して、この世界と関わらせようとしているのではないか。

 だって、こんなの――。


(――修行という名のおつかいじゃん!)

 
 
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