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3月21日①

  • 3月15日
  • 読了時間: 5分

更新日:8月15日

 憑依した体の主が生活していた部屋は、淡いピンクや白を基調とした可愛らしい空間だった。名前や素性を知るためにひとまず机を調べたところ、この少女が自分のサインを考えた痕跡を偶然見てしまった私は、精神的ダメージと引き換えに、この第二の人生に与えられた名前が「恋毒(こどく)みな」であることを知った。


 * * * * * *


 朝。6時過ぎくらいになると、自然と目が覚めてしまう。夜は22時過ぎに眠気がくるあたり、この体の持ち主ちゃんは、それはもう規則正しい生活習慣を身につけていたらしい。起きたところで何の予定も無いんだから、気分的には昼過ぎまで寝ていたいのに。今まで昼夜逆転に近い生活を送っていた私としては、なんだか変な感じだ。

 ただ、大変ありがたい恩恵もある。寝たら疲れがちゃんと回復している感じがするのだ。たぶん若さの賜物だろう。

 ベッドから起き上がって伸びをしていると、視界にりんご(仮称)が現れた。

「おっ。おはよ~」

 軽く挨拶をすると、りんご(仮称)は顔を縦に動かした。相変わらず言葉は無いけれど、「おはよう」と言ってくれているのだと勝手に解釈している。


 ――コンコン。


 ほどなくして、部屋の扉が乾いた音を立てた。

「おっ。今開けま~す」

 そう声を掛けて扉に駆け寄り、外に立つ誰かにぶつけないよう慎重に開く。扉の向こうには、骨格標本みたいな背の高いガイコツが、食事をのせたトレーを手に立っていた。

「ヒェッ……今日はガイコツさん(仮称)なんすね~。おはようございますぅ……」

 反射的に愛想笑いを浮かべながら部屋に招き入れれば、ガイコツさん(仮称)は食事を机の上まで運んでくれる。

 この家では、こういうアンデッド系の存在が、家事の類をやってくれるみたいだ。昨日は輪郭のないゴースト的な存在、その前は元の姿が判然としないゾンビみたいな存在だった。最初は召使いとして何体かこの家に常駐してるものだと思っていたけれど、毎日違う個体が現れるし、同じ個体を見たことも無い。だから最近は、少なくとも常駐しているわけじゃないのかも、と思い始めたところだ。

 例えば、こういう可能性はないだろうか。師匠(仮称)が実はネクロマンサーで、霊界かどこかからランダムな死霊を召喚して使役している……とか。真相は分からないし、師匠(仮称)に尋ねてもまともな答えが返ってくるとは思えないから、確認してみようという気にもなれない。ただ単に、私自身が納得しやすいからというだけで、この仮説を信じることにしている。

「ども、ありがとうございます~」

 ガイコツさん(仮称)に向けて軽く会釈をしながら、椅子に座って食事を見る。

 とろみのある白っぽいスープ。ペースト状になった緑色の何か。そして唯一、馴染みのある見た目をしたパン。

 いや、こんなことを思うのは申し訳ない。作っていただいている身でありながら、本当に申し訳ないけれど。

(……う~ん。今日も食欲そそられないねぇ……)

 どうしても、そう思わずにはいられない。けれど、口には出さない。食べ終わった食器を下げるために、ガイコツさん(仮称)が背後で甲斐甲斐しく待ってくれているからだ。

 じっと見られている中で食事をとるのも最初は本当に落ち着かなかったけれど、最近になってやっと少しずつ慣れてきた。

「よ~っし、いただきま~す!」

 つとめて明るい声を上げて、とりあえず白っぽいスープを口に運んでみる。何の味がするかと言われたら、何の味もしないと答えるしかない。決してまずいと言うつもりは無いけれど、おいしいとも感じにくい、というのが正直なところだ。

 幸い私は食べられれば何でもいいタイプだから困ってはいないけれど、これがもし食に楽しみを見出すような人だったら、咽び泣くんじゃないだろうか。


 ……いや、その場合は「自分で作ろう」ってなるのか。


 私は料理が致命的に苦手だから、そんな意欲が全く出てこない。食べられるものを作ってもらって部屋まで持ってきてくれたことへの感謝を調味料代わりに、味のしないスープやペーストを口へ流し込む。その後に食べたパンは、唯一ちゃんと小麦の味がして、ものすごく美味しく感じられた。

「ごちそうさまでした~!」

 手早く食べ終えてそう言うと、すかさずガイコツさん(仮称)が私の横に近寄ってきて、トレーを持ち上げようと身を屈める。


 ――ゴトッ。


「ぅわ゛ぁーーーーーーーッ!!」

 思わず大声を上げてしまった。なんとガイコツさん(仮称)の頭が床に落ちたのだ。

「えっ、これどうしよう!? 元の位置に戻したらなんとかなりますか!?」

 頭を拾い上げながら大慌てで尋ねる私とは対照的に、ガイコツさん(仮称)は何事も無かったかのようにトレーを持ち上げて、部屋を出ていこうとしていた。

「えぇ!? ちょっと待って!! 頭いらないんすか!?」

 慌てて呼び止めると、ガイコツさん(仮称)は足を止め、こちらに体を向けた。りんご(仮称)といい、この世界のモンスターは言葉を理解してくれるみたいで、その点はとても便利だと思う。

 

「よ~し、そのまま止まっててくださいね~? 今、頭をお返しするんで……」

 そう言って、私は頭の返却を試みる。仮にご本人が必要としていないのだとしても、この部屋に頭蓋骨なんて残して行かれたら落ち着かない。

 けれど……難しい。背伸びをしても、頭をのせてあげるにはギリギリ届かないのだ。

(くっそぉ~……! 屈んでもらっちゃうと、のせた直後にまた落としそうで怖いしなぁ……)

 

 困り果てながらも諦めきれずにいると、不意に手元が柔らかい光に包まれた。

「ぅえっ!?」

 思わず前のめりに転びそうになったのを、必死に堪える。そして光の霧散した両手を見ると、頭蓋骨が消えていた。慌てて顔を上げると、ガイコツさん(仮称)は無事に頭を取り戻していた。

「な、何が起きた……!?」

 混乱する私の視界に、りんご(仮称)がバッと飛び込んできた。そしてガイコツさん(仮称)の頭部に近づき、その頭蓋骨と私とを見比べている。


 そうだ。憑依転生したあの日以来、見る機会が無かったから忘れていたけれど、りんご(仮称)は転移魔術が使えるんだった。

「……なるほどね! おまえが戻してくれたんだ。ナイス!」

 親指を立てた右手をぐっと突き出すと、りんご(仮称)はひとつ頷いた。

「よしっ、ガイコツさん(仮称)お待たせしました! もう大丈夫ですよ~」

 そう言うと、ガイコツさん(仮称)は特に何の反応も返すことなく、部屋から去っていった。


「ふぅ~……」

 結果的に私自身は何もしていないけれど、なんだか溜息が出た。

 1日の始まりから、こんなにもドタバタしたんだ。

 きっとこの後は、それはもう穏やかな1日を過ごせるに違いない。

 
 
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